作:harima@R.D.V.神奈川支部長 2000.4.29 作成 2000.5.4 加筆 |
そっと稽古場の扉を開ける。 まだ誰もいない、早朝の稽古場。 私はカセットのスイッチを入れ鏡の前に立ち、屈伸運動を始める。 午後のように回りに誰かがいれば、 「見よ、この見事なプロポーション」 とおどけてみせるが、今は黙々と体をほぐす。 壁一面を占める、大鏡。 踊りだけなく自分の内面まで映してしまう気がする大鏡。 私はもう一度自分を見つめ直したくなると、この時間にやって来る。 一人集中して、自分を鏡に映す。 もうすぐファン感が始まる。 時を置かず練習が始まり、 そして8月の本公演が始まる。 その前にほんの少しだけ、ネジを巻きたくなった。 緩んでいる? そんなつもりはない。 でもこの前リフレッシュしたから、私はここで気合いを入れ直す。 最初に自分が目指した道を思い出すために。 体も大分温まってきた。 カセットのスタートボタンを押す。 私がこの道に進みたいと思った、映画のテーマ曲が流れ出す。 大鏡が、私の"舞台"を示す。 曲に合わせてフロア一杯に踊る。 最初に映画を見た時に、"こんなに踊れたら"と思った。 あれから何年も経った。 私はそのレベルに達したのだろうか? "達する"、何か違うなあ。 心の中でもう一人の自分が呟く。 そうだよね。 "自然と体が動く"、そんな感じ。 音を聴くと体がその音を表わそうと、 その音を表現しようと勝手に動く、そんな感じ。 そんな言い方が合っている気がする。 模倣から始まったとしても、踊りは何時か自分の血となり肉となる。 思い通り体が動かなくて何度涙を流した事だろう。 誰もいない稽古場で、一人で踊った日々、日々、日々。 曲が変わる。 3年前、私が参加した長い間続いているミュージカルの曲。 大勢の出演者の中の私だったかもしれないけれども、 自分の力を最大限発揮するように努力した。 そう言う事の積み重ねが、今の私になる。 曲が変わる。 2年前のミュージカルのテーマ曲。 今の私の出発点、かな。 僅か一夏しか行なわれなかったステージ。 その出演者たちと同じステージ立つ事は、もう無い。 でも私イントロの音を聞く度に2年前を思い出す。 "これから何が始まるのだろう" と言う自分自身の内なる期待と不安と、 "未来は皆で切り開くんだ" と皆で誓い合ったあの一瞬。 体中から汗がほとばしり出る。 曲が変わる。 1年前のミュージカルのテーマ曲。 弾けまくった冬、夏の日々。 怪我したり風邪引いたりして、 唇を噛みしめて踊った日々。 出待ちのファンの光る瞳を見て、 "私は自分のため、皆のために踊りたい" そう心に誓った日々。 "研鑚" と言う文字が心に浮かび、苦笑する。 だってそんな事を思い浮かべる事なく、走っていた。 理屈でなく"見て!" と言う言葉を示したく、私は踊り、喋り、歌った。 最後の曲になる。 この冬のミュージカルのテーマ曲。 "どんな人だろう" と新しい座長を迎えた緊張の日。 その成長する背中にオーラを見た日。 そして、 泣くまいと思いながら踊っていた千秋楽。 全ての曲が終わる。 今迄鏡に映っていた"舞台"が、蜃気楼のように消える。 そこには肩で息している私が一人、映っている。 汗まみれの小さな私。 そっと鏡に近付く。 触れてみる。 今映っていた"舞台"を思い出す。 "皆"を思い出す。 昔読んだ童話の悪いお后は世界一の美人が分かる鏡を持っていたそうだ。 昔見たアニメの主人公は、大人に変身出来るコンパクトを持っていたそうだ。 私の前の大鏡は、ただ現実を映すだけ。 でも私は、そこに確かに見る事が出来た。 今迄の自分と、 舞台と、 共演した皆と、 ファンの暖かい視線。 魔法の鏡なんて要らない。 だって人には想像の翼がある分、何処にも行けるから。 "思い出"というステージから飛び立ち、 "未来"という世界を飛び回れるから。 だから私は、 今の自分をそっと映してくれる鏡が有れば良い。 私はそっと、 「有り難う」 と鏡に向かって呟く。 稽古場の外が慌ただしくなってきた。 この時間だと今年の研修生の朝練かな。 そうだとすると...。 扉が開く。 「!お早ようございます!!」 「お早よう!。さあ、朝のモップ掛けをしようか!!」 「はい!!お早いんですね!」 「近くまで来たんでね。さあ皆横一線に並んだ並んだ!」 「準備良いかい?」 「はい!」 「じゃあスタート!」 モップ掛けの直前、私は大鏡を見る。 "何時迄も皆を、私を映してね" 鏡が、優しく光る。 −−− 完 −−−
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