[[[ 新たなる未来へ向かって ]]]


作:harima@R.D.V.神奈川支部長
2000.8.30 作成
2000.9.01 修正
目覚ましが鳴るのを止める。
時間を見る。
「朝かあ...」

ベッドの上で思い切り起きあがる。
違和感。
今日が何時もと違う気がする。

「何かあったっけなあ...」
鏡に向かって歯磨きをしながら自分に問いかける。
「体の痛さ?こりゃミュージカルの勲章だよなあ」

部屋に鍵を掛け、"聖地"へ向かう。


池袋。
私達の聖地。
「お早ようございまーす」
元気良く控え室に入ると飛びついてくる姿がある。
「おめでとうございます!!」
MARIOがむしゃぶりついてくる。
「え?」
「今日は記念日ですよね?!」
「ええ?」

見つめ合う瞳と瞳。

「呆れたぁ...」
我が"ベスト・パートナー"がため息と共にお茶を飲み干す。
MARIOはむくれて背中を見せている。
「いや、起きた時から何かあった気はしたんだよ。
 何かあった気はしたんだけれども、それが何か思い出せなくて」
「自分の150回出演記念なのに」
「そりゃそうだけどさ...」
「それも連続でしょう」
「でも舞台全体から見れば些細な事だし」
「なーに言ってんのよ、些細だからこそ心に刻みつけるんじゃないの」
「...うーん、格好付けた言い方を許してもらえれば、"通過点"さ」
「...格好付けすぎ」
彼女がクスリと笑う。

お見通し?

劇中の二人そのままに彼女と時間を重ね、どれだけの日々が過ぎたのだろう。
だからこそ、"ベスト・パートナー"。


朝の部が始まる。
周りの人の動きを目の端々に止め、私は私の動きを修正し、
悔い無きようステージをまとめ上げる。

盛大なカーテンコールの拍手に見送られ、私達は袖に引っ込む。
「ああ、お腹空いた!」
自分の心の中の高まりを隠すかのようにわざと大きめの声を出す。
"ベスト・パートナー"がクスリと微笑み、お弁当の蓋を開ける。


昼の部が始まる。
私の、私だけの"記念日"。
ミュージカル全体とはまったく関係ない、
でも私がそこにいたからこそ、祝える記念日。

記念日だからと言って特別な事をするわけでない。
何時もと同じように役を演じ、歌を唄い、踊る。
ことさら自分を強調するわけでない。

でも自分の中に"今日この時"を刻みつける。

一人で、そっと一人で。
ことさら"記念日"を意識しないように。
皆に会えた事に思いを馳せながら。

ステージ上、溢れんばかりのパワーを、踊りを、歌を見せつける共演者。
一つ一つの踊りを、セリフを大切に取り扱う。

何気ない仕草の中に、
自分の持てる力を注ぎ込む。

そして、ファンの皆さん。
食い入るようにステージを見つめる視線。
その一つ一つが私達の原動力であり、
それがあるからこそ私は、私達はこうして立っていられる。

私、ここに立っていて、心の底から嬉しいと思う。


昼の部のステージが、終わる。

「さあ、カーテンコールですよぉ!」
「今日は握手会もありますねえ」
「そうそう!」

仲間の声を聞きながら、
準備に入る。
刹那、視線を感じる。
柔らかい"ベスト・パートナー"の微笑み。

"有り難う"
そう駆け寄ろうとした時、
「準備お願いします!!」
合図が掛かる。

私は袖でスタートを待つ。

カーテンコールが始まる。
私は中頃、"ベスト・パートナー"と対をなすように舞台に出る。
ゆうこさんとMARIOに導かれるように舞台に走り出る。
MARIOの瞳が一瞬輝いたように見える。
そして走り出す私の視線の先に、"ベスト・パートナー"が微笑んでいる。

「え...」
彼女が手に持つもの。
小さな花束。
「おめでとう」
舞台の真ん中で、私は花束を貰う。
小さいけれども、だからこそたくさんの夢と思いが詰まった花束。

「有り難う」
「今迄お疲れ様、これからも宜しく」
「こちらこそ。...こんなの何時用意したの?」
クスリと笑った彼女、
「ちょっと皆さんの"思い"を使わせていただきました」
「...今迄に貰った中で、一番重い花束だ」
「そうだね」

私は何時もの倍の思いを込めて、客席へお辞儀する。
"思いよ、届け"
と。


キャスト全員の紹介が終わり、全員がステージ上を乱舞する。
客席の拍手が心を満たす。
私の好きな時間。
今日への思いと明日への活力、
それが心を幾重にも包む。

曲が終わる。
歓喜の渦に包まれながら、客席の皆に向かって手を振り続ける。
「お」
何時も私を見守ってくれるファンがいる。
「今日も来てくれていたんだ」
ジーンとしたものがこみ上げてくる。

彼女達も、私は見て笑顔で手を振ってくれる。

私も手を振り返す。

その時、皆の瞳がキラリと光った気がした。

さっと手を挙げる皆。
その手に握られたもの。
「私を描いた団扇だ」
"そう言えば『これ振って応援しますよ』って言っていたっけ"
この前話した事を思い出す。

一番端の団扇がくるりと舞う。
その次も、その次も、順々に舞い始める。
舞った団扇に書かれた文字。
一つ一つの団扇に一文字ずつ、五つの団扇が舞ってそのメッセージが繋がる。

祝150回

「...皆ぁ」
目の前の向こうで皆がぼやける。
そっと目をこする。
「ちくしょう、今日は泣かないと決めていたのに」
「おめでとう」
"ベスト・パートナー"が笑顔を近付けてくる。
「有り難う」

皆に、そう言いたい。

一人でささやかに祝うつもりだった今日この日。
でも実際には多くの人がそこに微笑みをくれた。
その"おめでとう"に対し、
心から素直に"有り難う"と言いたい。

不意に一際高い歓声が、自分の耳に届いた気がする。
今迄一緒の舞台を務めた皆、
そして力の限り応援してくれる、皆。

そんなここにいない皆までが、自分を祝福してくれるという、思い。
ううん、それはきっとデ・ジャ・ヴー。
私はずっと夢見ていた時間。


握手会が始まる。
もう、泣かない。
拭うのは汗だけ。

2階席の求めに応じて、手を振る。
「ほら目の前!」
"ベスト・パートナー"の突っ込みに、
「おっと、何時も応援有り難うね」
目の前のちいちゃい子の手を握る。

次々と握手を行ない、
皆さんと一言を交わし、自分のいる場所が分かる。
私の進む道が分かる。

"今が最高"
なんて言わない。
私生きている間、ずっと前を向いて歩いて行くんだ。
明日は今日より素晴らしいと思って進んでいくんだ。

今日この日だって、通過点。

でもね、だからこそ、一日一日を大切にしていくんだ。
過去がしっかり自分の中に根付き、
今この時があるからこそ、
過去と現在に導かれる未来を目指すんだ。

夢と希望に満ちあふれる、未来を。

今を楽しむからこそ、未来を夢見られる。
努力するからこそ、未来を信じられる。
当たり前の事に、今やっと気付いた。

一つ一つのステージ。
それを積み重ね、私は自分という船の舳先を向ける。

"未来"へ。
皆と共に。


−−− 完 −−−




harima氏からの小説第3弾は、ナオさんの
セラミュ150回記念に寄せて下さった一品です。
公演後に久しぶりにお話をする機会を得たのですが、
そしたらなんと、その晩のうちに仕上げて下さいました。


作者:harima@R.D.V.神奈川支部長様
(Webサイト「島田沙羅応援HP」管理者様)




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